「経験」だけではプロにはなれない 省察的実践家とは──変化する現場で知を育てる思考術

🔰 はじめに:なぜ、経験だけでは足りないのか?

「経験を積めば上手くなる」
──確かにそうです。けれど、経験するだけではプロにはなれません。

現場での判断を洗練させ、複雑な状況にも対応できるプロフェッショナルには、自らの経験を問い直し、そこから意味や原理を引き出せる力が必要です。

この力こそが、「省察(リフレクション)」。
そしてその力を日常的に働かせる人のことを、**省察的実践家(Reflective Practitioner)**と呼びます。


🧠 省察的実践家とは?

「省察的実践家」とは、実践の中で生じる問題や違和感を問い直し、思考・行動・判断の質を高め続ける専門家のことです。

この概念は、アメリカの哲学者・教育学者**ドナルド・ショーン(Donald A. Schön)**が1983年に提唱したものです。著書『The Reflective Practitioner(省察的実践家)』により広まりました。


📘 ドナルド・ショーンの問題提起

ショーンはこう述べました:

「私たちは予測不可能で矛盾に満ちた現実の中で仕事をしている。そこでは、単なる知識の適用では足りない」

彼が批判したのは、「科学的知識=専門知」とする従来のアカデミズム偏重の教育モデルでした。
代わりに、実践の中に埋もれている“生きた知”こそが重要だと説いたのです。


🔍 省察的実践家のキーワード

用語 意味
reflection-in-action(行為中の省察) 実践の最中に、自分の行動を即時に振り返り修正する
reflection-on-action(行為後の省察) 実践の後に、経験全体を振り返り、次に活かす
実践知(practical knowledge) 体験と状況に根差した、言語化しにくい知恵
ミストリー(mystery) ルールや理論では片付けられない実践現場の曖昧さや違和感

🎓 省察的実践家の重要性──どんな分野で求められる?

✅ 教育(教師・ファシリテーター)

  • 生徒との関わりや授業展開は、毎回異なる

  • マニュアルでは対応できない“瞬間”に、リフレクションが力を発揮

✅ 医療・看護

  • 患者ごとに状況もニーズも違う

  • 技術だけでなく「対応のあり方」を常に振り返り、成長していく

✅ 建築・デザイン

  • クライアントや環境の制約の中で「意味ある形」を探る

  • デザインプロセスに省察を組み込み、より質の高い創造を行う

✅ コンサルティング・マネジメント

  • 複雑な人間関係と動的な問題の中で、“常に最適”は存在しない

  • 自らの介入や判断を省察し、次の行動に活かす必要がある


🔄 経験を知に変えるサイクル:省察のプロセス

  1. 体験(経験する)
     → 実際に現場で行動する

  2. 違和感(気づく)
     → 思った通りにいかない、妙な感じがする

  3. 問い直し(なぜ?を立てる)
     → なぜそうなったのか?自分はどう振る舞ったか?

  4. 再構成(仮説・視点を得る)
     → 見方を変え、より良い方法を考える

  5. 実践(次に活かす)
     → 新しい視点で実践を行う

このように、**「行動 → 省察 → 学び → 行動」**という循環が、プロフェッショナルの成長を支えるのです。


🛠️ 省察的実践家を育てる方法

  • リフレクション・ジャーナルを書く
     毎日の実践を短く振り返り、気づきを記録

  • ペア・リフレクション
     他者との対話によって“自分の当たり前”を相対化

  • ケースメソッド
     具体的な事例から考察し、他者の省察にも学ぶ

  • 哲学的対話・振り返りワークショップ
     正解を急がず、意味の問い直しを重視する場づくり


🧘‍♀️ まとめ:正解のない世界で、“問い直せる人”が強い

「現場で起きることには、教科書的な答えがない。だからこそ、自分の実践に問いを立て、省察し続けることが専門家を育てる」
(ドナルド・ショーン)

現代社会は、複雑で変化が激しく、マニュアルでは通用しない局面ばかり。
そんな時代に必要なのは、答えを知っている人ではなく、問いを持ち続ける人=省察的実践家です。

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